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おもためコラム

おもしろくて、ためになるコラムをお届けします。

髪に希望をみる子どもたち

髪型決めて、イケてる自分に気づく

メキシコの首都メキシコシティで、路上に暮らす子どもたち=ストリートチルドレンと付き合い始めて、20年になる。彼らの多くは、家庭で虐待を受け、居場所を求めて路上へ来たという、過酷な体験と記憶を背負っている。路上には、同じような境遇の仲間がおり、助け合って生きている。が、そこでも心ない大人にいじめられ、薬物売買や犯罪に巻き込まれて、更に傷つく。路上暮らしが長引くと、薬物依存がひどくなり、普通の生活に戻れない子も大勢いる。

そんな子どもたちが路上生活をやめて、子どもらしい生活に戻るための手助けをする場所がある。NGO(市民団体)が運営する「デイセンター」だ。そこでは朝から夕方まで、元気なスタッフがスポーツ、アート、読み聞かせなど、様々なアクティビティを行う。子どもたちは、路上で物乞いをしたり、薬物でボォーっとしたりしている日常をしばし離れ、ワクワクする時間を過ごす。センターに通うことで少しずつ、人生の本当のすばらしさや可能性に気づき始める。
スタッフは言う。
「子どもたちは朝センターに来て、汚れた服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びて鏡の前に立った時、変わるんです」 何日間も、からだを洗うことも髪をとかすこともなく過ごす子どもたちは、センターに着くとまず、スタッフの指導で身だしなみを整える。が、最初はグズッて逃げ回り、シャワーを浴びようとしない子も多い。その時間帯にセンターにいると、おもしろいことに気づく。
ボサボサの髪でシャワーを嫌がっていた少年が、スタッフになだめすかされ、シャワー室に入って出てくる。と、表情が変わった。服を着て、ヘアブラシとジェルを渡され、鏡の前に立つと、少年はメキシコ男児らしく(!)オールバックに髪をとかし始める。サラリーマンのオジサンでもそこまでやらないぞ、と思うくらい、ジェルでビシッと決める。それからしばし、鏡の前で自分に見入った。
「おっ、すっごくイケてるじゃん!」
スタッフが現れ、声をかけると、少年はニヤニヤしながら更に自分自身を眺めた。

路上の子どもたちは、自分に自信がない。親に愛情を注いでもらえず、いじめられた自分を、ゴミのような存在だと感じているからだ。だから、身だしなみにも興味を示さない。ゴミはゴミ、きれいにしても意味がないと考える。だが一旦、「そうじゃない」と気づかされた時、心は少しずつ変化していく。希望がみえる。

髪結いでつながり、生まれる希望

もともとメキシコの子どもたちは、ヘアスタイルに敏感だ。小学生でも男の子は毎朝ビシッとジェルで整え、女の子はお母さんにポニーテールや三つ編みに結ってもらい、かわいい髪飾りを付ける。わがパートナーなどは、髪に無頓着すぎて寝癖が激しいため、毎度子どもたちに「ねえ、朝ちゃんととかしたぁ?」と突っ込まれる。しまいに「毎朝ニュールック」と言われる始末。そんなお国柄だから、女の子の憧れの職業のひとつは、「美容師」だ。
女の子のストリートチルドレンを対象とするデイセンターでは、「美容師教室」が人気。街でも美容院は、格安から高級店まで、たくさんある。

16歳のコニーは、義父に虐待され、家を飛びだして路上生活をしているが、薬物を乱用し、仲間とブラブラするだけの毎日を変えたいと思い始めている。だから、デイセンターで週一回、美容師の技術を学ぶ時間が好きだ。
「私、ヘアスタイルのセンスはあると思うの。それを生かして、その人の良さを表現できる美容師になりたいわ」
部分染めした個性的なヘアの彼女が、デイセンター内にある美容室の椅子に仲間の少女を座らせ、髪をいじりながら、夢を語る。
「以前少しだけ、知り合いの美容室で働いたことがあるの。オリジナルなスタイルの髪にしてあげると、みんな喜ぶのよ」
コニーにとって、美容師になることは、「自立の道」であり、人に感謝される自分を見いだす「自己肯定の歩み」でもある。と同時に、「人とのあたたかい絆(きずな)」を取り戻すチャンスでも。
コニーが学んでいるデイセンターの美容室に、ある時、施設見学を希望する日本人のご婦人グループを連れていった。大半は、比較的裕福な50、60代の女性だ。
「あら、こんなにかわいらしい髪型にしてもらったの、久しぶりだわ!」
少女たちに髪を結ってもらった婦人が、うれしそうな声を上げた。まわりの人たちも皆、「あら、なかなかいいじゃない!」と絶賛する。そのヘアスタイルは、セミロングの髪の所々をカラーゴムで結んだ、若い女の子のようなものだった。
「私の年齢を考えると、こんな髪型にしようなんて普通誰も考えないのに。うれしいわぁ〜」
そんな感想に、髪を結った少女たちが、「あなたによく似合うと思ったんです」と照れくさそうな笑みを浮かべる。それをきいた婦人は、思わず少女らを抱きしめた。

スタイルした人、された人、みんながつながり、希望を生み出す髪結いの世界は、すばらしい。

工藤律子(くどうりつこ)プロフィール
ジャーナリスト。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。
著書に「ストリートチルドレン」(岩波ジュニア新書)、「居場所をなくした子どもたち」「子どもたちは寄り添う」「仲間と誇りと夢と」(ジュラ出版局)、「ドン・キホーテの世界をゆく」(論創社)など。
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