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おもためコラム

おもしろくて、ためになるコラムをお届けします。

介護と理美容(1)

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鹿児島出身のお客様のお孫さんから届いたイラスト
「容姿を整える」「容姿を美しくする」その技術だけでいいのだろうか?かといって、他に何があればいいのかも解らない。そんな状態で20代を過ごしていました。
私は、ご自宅や介護施設・病院に訪問し、来店することのできないお客様に技術を提供させていただいています。また、お店は椅子を1台、車いすのままでカットできるスペースを1台分もうけ、完全予約制にして営業をしております。
訪問で仕事をするようになり、まず感じたのが、カットすることにより、気持ちを軽く、晴れやかにするということです。ご自分の力では、美容院に行くことが難しくなり、普段の生活も、一日中家の中という環境で過ごされている方が多いのです。
デイサービスなどでカットをした後、「これからお見合いしようかしら?!」「どこにデートに行きましょうか?!」なんて、私を笑わせてくれたりします。

その一方で、訪問カットでは長期間ご利用される常連のお客様がとても少ないです。それが意味するのは、多くの方の人生の終末期に関わりを持たせていただいていることになると思います。予約の時も、5日後が空いていますと言うと、そこまでは持たないかもしれないので…と言われることもあります。病状をケアマネージャーさんや、ご家族の方に聞いて行くのですが、帰り際のお声かけをどうすればいいか、何を話せばいいか、未だに答えを見つけられていません。
「あのおじいちゃんどうされてるだろうなぁ。」と考える時は、そろそろカットしないといけない時期を半年ほど過ぎていたりします。入院したり、施設に入所されたり…。このときばかりは、「私のカットが気に入らなかったから予約しない」って理由が一番いいなぁ。なんて、考えたりします。

新規のお客様で、ご自宅でカットをさせていただいた時がありました。
もう90歳になられる頃だったと思います。奥様に先に旅立たれてしまい、鹿児島から娘さんの暮らす神戸へと引っ越しされて来られたそうです。
私の友人が同郷ということもあり、なまりのきつい鹿児島弁も何となく聞き取れ、戦時中の話や、鹿児島の郷土の話で盛り上がりました。話の流れで、私が鹿児島出身と勘違いしていた様に思います。
家で散髪をしている姿が珍しいのか、就学前のお孫さんがいろんな方向からおじいちゃんや私に話しかけてきたり、周囲をクルクル回っていました。そんなちょっとやんちゃなお孫さんを、とても柔らかな笑顔で追っていたのを何となく覚えています。
「また来ますねぇ!」なんて軽く挨拶して帰ったのですが…。
1週間後、娘さんから電話があり、
「おじいちゃんね、散髪してもらったあと、楽しかったぁ、楽しかったぁ。って何度も言ってね、神戸に来てから友達もなく、大好きな鹿児島の話をね…最後にね…あんなにうれしそうな顔、本当に久々に見せてました。ありがとうございました。本人は解っていたみたいで、散髪と歯医者さんを頼んで欲しいと自ら頼んできて、きれいにして天国に行きました。」とお話いただきました。カットした日から数日後のことだったみたいです。

死期を悟ったとき、あんな笑顔ができるんだ…。私にはとうてい理解できない感覚でした。私は、カットをさせていただいただけでなく、何となく理想とする終末期を教えていただいたんだと思っています。こんなにも素敵な方の人生に少しだけでも関われたこと、そして喜んでもらえたことをとてもうれしく思いました。
たった1度、たった20分だけそんな出会いもたくさんありますが、とても楽しく、とても有意義な時間です。人生の大先輩にもっともっと吸収させていただきたいと思っています。そして、お客様にとって特別な時間を提供できるように努力していきます。

福永純一(ふくながじゅんいち)プロフィール
理容師・介護福祉士
1976年岡山県津山市生まれ
理容師を取得後、ホームヘルパーや移動介護の実務経験を積み、介護福祉士を取得。
訪問での技術提供と共に、バリアフリーなお店作りを目指す。2015年春、明石市に移転し今以上に幅広い客層に対応できるよう奮闘中。
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